昔、セドナメソッドをよくやっていた。
今日、ある人との関わりにくたびれて、
ふと思った。
「縁切りのお寺、行ってこよか」
でも話しているうちに、
切りたいものは、その人との縁ではないことに気づいた。
その人と離れても、
「人のものを背負って、私が解決する」
という役割を私が持ったままなら、
きっとまた、違う誰かがそこへ入ってくる。
ああ。
手放したいのは、人じゃなかった。
人のものを背負って解決する、私の役目。
そう気づいたところで、
昔よく使っていたセドナメソッドを思い出した。
セドナメソッドは、
嫌なものを追い払ったり、
無理やり前向きになったりする方法ではなく、
今ここにある感情や執着に気づいて、
それを握り続けるのか、
もう手をゆるめてもいいのか、
自分に問いかけていく方法だ。
久しぶりにやってみようと思う。
今回、私が手放してみるのは、
「人のものを背負って解決する私の役目」
人を手放すのではなく、
役目を手放す。
その人の人生は、その人へ。
私の人生は、私へ。
昔使っていた道具箱を、
ひとつ開けた。
「※セドナメソッドは、レスター・レヴェンソンの探究をもとに発展した手放しのメソッドです。本稿は方法を再現するものではなく、私自身が久しぶりに使ってみようと思った記録です。」